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ABOUT

木村 聡太 

1994年2月27日大阪府に生まれる。

 

来の軽口は、幼少期より今にまで絶えず、遺憾なく発揮されるが

体格は名前のようにはいかずかなりのもやしっ子であったため

「喧嘩弱いくせに生意気な奴」として幼稚園・小学校時代は幾度となくいじめっ子に追い回される。

おかげで逃げ足と、咄嗟の適当な嘘や冗談が無駄に上手くなる。

 

学校ではこれといって特筆することは無い。

順調にひねくれて成長していく。

この時期からいろいろあって

「なんとなく知り合いは多いけど、友達と呼べる人はいない」

とかスナフキンの台詞みたいな状態に片足突っ込むようになる。

 

校生になるとこの状態は悪化の一途をたどるようになり

軽音部、写真部、美術部など複数の文化部に出入りしながらも

仲のいい友人は出来ず、どの部でもこれといって活動はしていない。

ただこの頃適当に出したフォトコンクールで入選。

立て続けに大したこと無い賞を2つ3つもらう。

そのせいで「自分には写真の才能があるのでは…」という

アホすぎる勘違いをして、天狗になったまま大阪芸術大学の写真学科の門を叩く。

 

学生になるとスナフキンモードはいよいよ取り返しがつかなくなる。

そのうえ入学早々に自分にはこれといって写真の才能が無いことに気づく。

天狗の鼻、ボキボキ。

 

が、しかし軽音部の名残とカメラマンとしての活動で

高校時代からライブハウスに入り浸っていたため

そこには友達や先輩がおり、なによりも

ステージに立つミュージシャンに憧れて、ワクワクした。

ライブハウスがとても特別な場所になる。

 

かつ音楽やライブハウスシーンへの熱い思いとか、なんか、あと、いろいろ、ほら、あるじゃん、そういうの、高まる感じのヤツ。

そういうの、が高じてライブハウスでイベント

【新世界】を開催するようになる。

 

 

カメラマンとしてはフィッシュライフや「少女Aの考察、」、桜草などの大阪の若手ミュージシャンのアーティスト写真などを手がける。

インディーズバンドのPVや学生映画などではあるが

役者業もひっそりと始める。

そのため肩書きがよりややこしくなる。

 

イベントは2014年12月26日で全ておしまい。

さようなら、またね。

 

その後イベントオーガナイザーとして

関西若手No.1イベンターを心の中で自称しながら

ライブハウスに入り浸るようになり大学を留年。

その頃、偶然とあるバンドのMVで初めて芝居をする機会を得た時

なんとなく、しかし確信的に

「あ、僕はこの先きっとずっとコレをやるんだなぁ」と直感する。

その後、イベンターを区切りのいいところで終えて

現在は大阪や東京を中心に俳優ぶって活動中

ミュージシャンのMVや早稲田大学映画サークルの映画、演劇

写真の撮影モデル等をしながら安上がりな承認欲求を満たす自堕落な生活を送っている。

 

ちなみに気恥ずかしくて適当に書いたが

ライブハウス、ミュージシャン、イベントには本当に色々思うことがあったり、とても大切な想いや考えがある。

それは、こんなところには書き尽くせないから

もし、あなたが聴きたいと言うのなら

一緒に飲みにでも行こうよ。

 

2014年、キムラの肩書きは

俳優

イベントオーガナイザー

カメラマン

大学生...etcと収拾がつかない程

多岐にわたる。

が、実態は未だ誰にも、本人にもわからぬままである。

と書かれていたが2015年より

現在は俳優を生業とするべく

孤軍奮闘中。

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